沖 縄 ら し さ

     新垣 直子
  沖縄らしさ

路ですれ違う人々に
ヤーヌクシに
「沖縄」は潜んでいる
観光地でも聖地でもない
「沖縄」

それは色鮮やかでもなく
神々しいものでもない

当たり前のように
そこに“在る”
「沖縄」

わたしの体内に
遺伝子に



 
お葬式とスーコー
スーコー・・・"焼香"の意.一般に、法事のことをいう. 特に三十三年忌は、ウフスーコー(大焼香)と呼ばれ、 最後の焼香となる.故人は神になるといわれている.
祖先崇拝
今年8月、祖母が他界した.死者を見送る一連の 儀式を通して、ここにも「沖縄らしさ」を見つけた. まず、ヒヌカン(火の神様)への報告.火の神様は、 冥土の旅の案内役をお務めするといわれる.家族から 死者が出たら早急に線香を焚き上げ、御加護をお願い するのだ.四十九日を迎えると、マブイ・ワカシ(魂 のお別れ)を行う.これは、故人に最後のお別れを告げ、 現世からグソウ(後生・あの世)へと、見送る儀式. こうした沖縄独特の儀式・儀礼も、祖先崇拝の精神から 生まれた.祖先を敬い、祖父母を敬い、親を敬う. 沖縄の人々のやさしさの根源は、きっと、ここにある.


ちなみにこれはお盆の際の、仏壇。



 
沖縄的台所事情
初七日、二七日、三七日・・・と、四十九日まで毎週取り 行われるスーコー.その間、台所を取りしきるお母さん達 に、聞いてみた.「あったらいいなとおもうもの」
サブ的な調理をする、半戸外的空間
スーコーに限らず、お正月やお盆、清明祭(ちなみにこの 三つは、沖縄の三大行事といわれている)、こうした行事 の際、台所は修羅場である.大鍋でコトコトしじるだし汁 や天ぷら鍋などは、ガスボンベとコンロをレンタルして 軒先で調理したりする.そんなとき、雨に降られないような 半戸外的空間が、重宝するのである.(私はさらにここに、 ガス配管を提案したい)


天水(てんすい)。今で言うエコロジカル・ハウスだったのですね!



 
何かと便利な、裏座
コンロの前にかかりきりになるお母さんたちは、ゆっくり食事を取る時間もヒマもない。 表座にはお客さんがいるし、台所のテーブルは鍋やらお盆やらで所狭し、である。 立ったまま食事、というのもよくある風景。そこで、台所と連続した裏座が使われる。 普段は、こうした行事に使われる食器やお盆が仕舞われ、期間中は食事処に使われるのである。

現代の住宅にこうした間取りを実現するのは難しいだろう。しかし 仏壇を持つ長男の家には、台所にも細かな心配りを提案していきたい。 そうした意味で、<越来の家〜ムートゥヤーの家〜>は、 日常と非日常、過去と現在を融合させた、沖縄型の住宅だといえる。 (くわしくは、匠斎庵作品集をご覧ください)



でた、定番のチラガー。ピースしてるチマグ。


「もろみ食堂」のジューシーは、
我が心のベストテン第2位。



 
ヒヌカン(火の神)
初七日、二七日、三七日・・・と、四十九日まで毎週取り 行われるスーコー.その間、台所を取りしきるお母さん達 に、聞いてみた.「あったらいいなとおもうもの」
オールマイティの神様
同じ屋根の下に住む、一番身近な神様.冠婚葬祭は もちろん、年中行事の際には、仏壇より先に報告・ 祈願する.神様はご先祖様よりエライということ… 仏壇のない我が家では、何かしらの時はヒヌカンに お祈りする.修学旅行に発つ朝、高校入試の朝、ヤ ナカジ(いやな風.の意.急な発熱や、風邪の症状 が出た時、「ヤナカジに当たったのかねー」とか言わ れる)の時・・・.このオールマイティな神様と 対峙する時、一家の主婦は、ウガマー(御願者)に なるのである.


これぞ我が家のヒヌカン。



 
トゥシビースージ
トゥシビー・・・"年忌(としいみ)"が変化したもの. 陰陽道からきた信仰で、男女とも、社会的・肉体的に 転機を迎える年頃に当たり、厄払いの儀・御祝いを行う.
「りか、やーうてぃさな!」
近頃は、トゥシビースージをホテル宴会場や 披露宴会場で開く人達もいるらしい. たしかに、一生に一度のハレの日をゴージャス な感じで祝うのも悪くない.でも主役の おじぃ・おばぁが求めるのは、こうした豪華さ ではなく、子や孫が一堂に会し、あやかりに 来てくれることにあると思う. 長年住み慣れた我が家で、ご先祖様やヒヌカン の見守る中、家族の作った料理で祝ってあげたい なぁと思うのである.


ウヤックァ ミッチャイ 似てます。


おばあ、うれしくて うるうる。



 
 
施主手作りのシーサー。
プロ級です。
チム、わさわさ〜する人、
「あんた、ウチナーンチュ
  でしょ!?」



 
 
沖縄アイデンティティ


"アイスワーラー"が何より好きで
そばが三食続いても平気で
ウークイの後は
平敷屋エイサーを追っかけ
午後のお供は
RBCの「民謡で今日拝なびら」
たまにうっかり忘れるけど
「ヒラウコーの花が咲いた」と
ほっと一安心
沖縄の歴史にも芸術にも
無縁だったであろう
貧しくとも
戦中・戦後を生き抜いてきた
市井の人々

そんな中でこそ生まれた
「沖縄らしさ」
日々の暮らしの中に
スージ小に
沖縄は潜んでいる

当たり前のように
そこに"在る"
「沖縄」

これが私の
アイデンティティ

洗礼

(沖縄の建築の)道程
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